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棟方志功エピソード

世界的板画家 棟方志功画伯の遊び心

棟志功
「棟志功」は、江戸時代の南画家が中国流に三字の名前を使ったことに倣ったもので、
そのため、板画ではなく倭画で、また襖絵や屏風の作品で使われているようです。
30代に多く使用されていました。
50代の作品では「棟氏志功」が使われていることもあります。

柵(さく)
棟方の版画作品、題名に「…の柵」としてよく使われている。柵とは打たれた杭の繋がったもので、
志功の「柵」は繋がる意味を含めて「札(さつ)」にも通じ、四国八十八箇所の巡礼の納札のごとく、
一札一札を納めていく、一本一本杭を打って柵をつくっていく、という気持ちがこめられている。

法眼棟方志功真かい(毎の下に水)ほうげんしんかい
法眼は法印に次ぐ僧位、法眼の下は法橋位である。昭和36年、嵯峨法輪寺より法橋位、
37年に富山日石寺より法眼位を受けた。同年法輪寺より法眼位を再び受けている。「真かい(毎の下に水)」
は志功の法名。かい(毎の下に水)は海の同字で、高野山蔵空海筆の国宝、般若心経に「空かい(毎の下に水)」の署名が見られる。

法眼(ほうげん)
法眼和尚位の略。法印に次ぐ僧位。中世以降僧に準じて医師・絵師・仏師・連歌師などに与えられた称号。
※法印-法眼-法橋

志昂(しこう)
志功と同音。昭和49年7月7日、「棟方」という重い字画の文字と「志功」という文字のつり合いを考慮して、
「功」の字を「昴」(日の昇るさま)に改名することを公表した。この字は「昴」(すばる、プレアデス星団のことで満天でもって美しい星とされる)ではないが、志功は従来の折松葉のサインに代って、星形のサインを使っている。
しかし半年後の12月12日「ツイウカウカと親のつけてくれた名を棄てたのは愚かなこと」として本名に戻した。
志功を志昂と署名したのはこの間のみではなく、それ以前にも落款を記す時の配置の都合上、「昂」の字を用いたこともあった。
昭和47年の書「風」「水」などはその一例である。

折松葉と野菊サイン
板画のサインに使われる。折松葉は名人鍛冶でもあった父幸吉の刃物の切銘で、野菊は、
人知れず道端にそっと咲く野菊のように、強く潔らかにありたいという想いをこめている。
1973年以降のサインには前出の星形のものも見られる。

∞と10÷3
最晩年のサイン。いずれも限りない余韻を残すことに通じるのか、無限大と割っても割っても割り切れない。